給与の支払い方法は?/事業者に厚労省が求める条件案

 「○○ペイ」といった電子マネー口座に、給与を直接振り込めれば便利だろう――。そう考えた政府が2021年度中に「デジタル給与払い」を実現させようとしている。だが、議論の経緯をたどると、どこまでニーズがあるのか疑問も浮かんでくる。

■外国人向けの当初案→キャッシュレス化への規制緩和策

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会社が銀行振り込みだけでなく電子マネーでも給与を払えるようにする方針は、20年7月閣議決定の成長戦略に明記された。いま厚生労働省の審議会で議論が進む。

これは厚労省が所管する労働基準法が、賃金は現金で全額払うのが原則と定めるからだ。いま大半の人が利用する預貯金口座への振り込みは、法的には労働者の同意を得た場合の例外とされる。この例外ケースに「資金移動業者」が運営する電子マネー口座も加えようというわけだ。

この議論はどこから来たのか。さかのぼると、18年3月に開かれた国家戦略特区の会議にたどり着く。東京都の小池百合子知事がこの場で、「外国人労働者は銀行口座を開設することがむずかしい」問題があるとして、銀行振り込みに代わるデジタル給与払いを提案したのだ。

18年6月の会議では、福岡市の企業が、当時の安倍晋三首相らがいるなかで同様のプレゼンをした。当時の梶山弘志・内閣府特命担当相は「おもしろい提案をいただいた」と反応した。

そこからは、とんとん拍子だった。プレゼン翌日に閣議決定された当時の成長戦略で「導入可能性について検討」と触れられた。翌19年6月の規制改革実施計画では「検討し、結論を得て措置をおこなう」とされ、導入が決まったような書きぶりになった。

当時の議論でも資金移動業者が破綻(はたん)したときの保証が最大の懸案とされた。だが、規制改革推進会議の20年3月の会合で、政府側から保証機関が迅速に働き手に支払い、保険会社などが支える仕組みが提案され、また前進した。

ただ特区で実施するアイデアがいつしか全国規模で規制緩和をめざす内容になり、当初の狙いは影が薄くなった。いまは導入目的として「キャッシュレス社会の実現」が前面に打ち出され、外国人労働者にも資する、という程度の説明になった。

預貯金口座を開設できずに困るケースについて、外国人労働者を支援するNPO法人・POSSE(ポッセ)の担当者は「あまりない」と話す。

外国人が日本で口座を開くには数カ月以上など一定期間以上の在留資格などが必要になるが、技能実習生や留学生の多くは一定期間の在留資格がある。窓口対応が日本語で困ることはあっても、「口座を開設できないという相談を受けたことはない」と言う。

政府は20年4月に公正取引委員会が公表した調査を根拠に「一定のニーズがある」と主張する。キャッシュレス決済利用者4千人に、解禁されたら給与デジタル払いを検討するかたずねたところ、約4割が「検討する」と答えたという。だが、キャッシュレス決済利用者に限った調査の説得力を疑問視する声もある。(岡林佐和、藤崎麻里)

■「労働者にリスク」専門家は懸念 破綻の保証や不正損失カバーに課題

「なぜ、わざわざ複雑な仕組みで、安全性が担保されない資金移動業者を追加するのか」。厚労省の審議会では、労働者代表の委員から反対意見が相次ぐ。これに対し、厚労省は4月19日の審議会でデジタル給与払いはあくまで「本人の同意」が前提と強調したうえで、資金移動業者に求める条件案を示した。

資金移動業者が破綻したり、ハッキングなどの不正を受けたりしたときに、利用者の損失がカバーされる仕組みがある。電子マネーを1円単位で現金にできる――。こうした条件を満たした業者だけを認める、という内容だ。

だが、電子マネーが預貯金と同じくらい安全と認められるのは簡単ではなさそうだ。

銀行が破綻したら、預金保険制度によって1千万円までは確実に支払われる。預金保険は全国の金融機関が納める保険料で賄われ、数日以内の支払いが求められている。資金移動業者も事前に集めた供託金によって弁済を受けられるが、支払いまでは半年ほどかかる。このため迅速に支払いできる新たな保証の仕組みが求められている。

不正の損失について、全国銀行協会は利用者に過失がなければ補償し、要件や期間も申し合わせている。資金移動業者は要件や期間について、各社で定めることになっている。

給与のデジタル払いが実現すれば、電子マネー口座への入金の手間が省け、兼業・副業が広がる中で多様な給与受け取りのニーズに応えられるといった期待の声もある。

一方、働き手の権利に詳しい嶋崎量弁護士はデジタル給与払いについて「いまも(銀行口座から電子マネーへの)入金は簡単にできる。労働者にリスクを負わせてまで導入する必要性はない」と否定的だ。

仮にニーズがあるとしても、政府が制度の前提とした「本人の同意」を心配しているという。取引関係などを背景に、「給与の振り込み先は○○ペイ」などと事実上、会社から強制されてしまうケースが出かねないからだ。いまも給与振り込み先の金融機関を会社に指定され、労働者に選択肢がないケースがある。

嶋崎氏は「労働者の立場は弱く、例えば就職したばかりの新入社員が同意しないということはむずかしい。外国人労働者も立場が弱いため、電子マネー口座を指定されたら拒否できないのではないか」と話す。(山本恭介)

朝日新聞デジタル

 「○○ペイ」といった電子マネー口座に、給与を直接振り込めれば便利だろう――。そう考えた政府が2021年度中に「デジタル…