この数字を見てもあなたは「日本は移民社会ではない」と言えるだろうか?【COURRiER2021年4月12日】

クーリエ・ジャポン

コロナで仕事を失ったベトナム人実習生たち Photo by Carl Court/Getty Images

「低度」外国人材たちの急増

さて、本書のタイトルは『“低度”外国人材』である。

日本に来たベトナム人技能実習生

日本に来たベトナム人技能実習生 Photo by Carl Court/Getty Images

コロナで職と住居を失ったベトナム人たちはシェルターで共同生活を送っている

コロナで職と住居を失ったベトナム人たちはシェルターで共同生活を送っている Photo by Carl Court/Getty Images

「かわいそう」と「叩き出せ」のマンネリズム

ゆえに2019年ごろから、テレビや雑誌で外国人労働者問題や移民問題に関する特集がしばしば組まれ、数多くの書籍が出版されるようになった。マスメディアの関心は、なぜか一貫して高度外国人材よりも“低度”の外国人材のほうに向いているきらいがあり、インターネット上のニュースでも、技能実習生や偽装留学生、不法滞在者といった話題のほうがユーザーのアクセスを集めやすい傾向がある。

とはいえ、率直に書くなら、最近の私は在日外国人問題に関連した報道や論考に対してやや食傷気味である。なぜなら一部の例外を除いて、在日外国人に関連した情報は、切り口がしばしば紋切り型になりがちだからだ。

特に多いのが以下の3つの傾向である。

①かわいそう型……主に外国人労働者のかわいそうな事例をたくさん集め、理想主義的なポジションに立って日本社会の問題点を断罪する。

②データ集積型……外国人労働者に関連する数字や固有名詞がびっしりと羅列されたレポート的な情報を提示する。結論は①に近いことが多い。

③叩き出せ型……外国人の増加に懸念を示して、読者の排外主義感情を情緒的に刺激する。商業的にはこちらのほうが「強い」。

優等生的なきれいごとのお叱りか、官僚的な数字の羅列か、人間の不信や憎悪や差別意識をむやみに煽る強い言葉か。

「かわいそう」なり「叩き出せ」なりのステレオタイプの図式に落とし込んで作られたストーリーのなかで、在日外国人という存在が著者の主張を補強するための記号のように用いられている例も少なくない。

排外主義的な文脈で描かれる外国人の姿が没個性的になりがちなのはもちろん、「かわいそう」な存在として描かれる外国人についても、これは同様だ。日本に憧れてひたむきな努力を欠かさない善良な人物が、欠陥の多い制度と悪辣な事業者のもとで塗炭の苦しみにあえいでいるというお馴染みの図式は、特に大手メディアの報道を中心にしばしば見られる。

だが、この手のストーリーは、マンネリズムゆえに生身の人間の話だという実感を覚えづらく、当然、見聞きしていても面白くない。ゆえに私は思わず、こんな使い古された言葉をあえて使ってみたくなってしまう。

──われわれは労働力を呼んだのに、来たのは人間だった。
(Wir riefen Arbeitskräfte, und es kamen Menschen)

戦後、ドイツで移民問題を論じる際にしばしば引用されてきた一節だ。もとは1965年、隣国スイスのマックス・フリッシュという作家が「スイス経済は労働力を呼んだのに、来たのは人間だった」(Die schweizer Wirtschaft hat Arbeitskräfte gerufen,und es kamen Menschen)と書いた言葉が由来らしいが、細部を言い換えた現在の表現が人口に膾炙(かいしゃ)することになった。

当然、わが日本にやってくる外国人労働者や移民たちも、血の通った人間である。しかも、日本政府が三顧の礼で迎えたいはずの、高度外国人材とは真逆の個性を持つ人たちのほうが多い。

生身の「“低度”外国人材」は、紋切り型の報道のなかで語られるような、絶対的な弱者や被害者たちの群れではない。むしろ異国で生き抜くためにギラギラしている人が少なからずおり、ゆえに傍目から見て腹が立つことがある。

だが、ポピュリズム的な移民反対論で指摘されるような、集団で計画的に日本を乗っ取る、犯罪によって社会混乱を作り出すといった「反日」的な陰謀をたくらむ存在でもない。特に技能実習生や不法滞在者の場合、彼らが来日を決めた経緯や不法滞在状態になった経緯は、いきあたりばったりの積み重ねである。もとより「〝低度〟外国人材」は長期的な視野や周到な計画性に基づいた行動とは非常に相性が悪い存在であって、陰謀からは遠い世界に生きている。
──われわれは記号としての弱者や敵を想定していたのに、いたのは人間だった。

先の名言をもじって言うなら、日本における外国人問題をめぐる議論に私が抱く違和感の正体は、こういうことになるかもしれない。

そう。昨今話題の外国人労働者問題や移民問題の主役たちはよくも悪くも人間なのである。

私はその姿を、腹が立つ部分も気持ちが悪い部分もかわいそうな部分も含めて、本書のなかで描いてみようと考えたのだった。

クーリエ・ジャポン

日本社会が“労働力”として依存している外国人技能実習生。そこには、国が欲する「高度外国人材」とは真逆の「(年齢だけは若い…