太田昌国のコラム:日本で働く40万人のベトナム人【レイバーネット2020年11月11日】

日本で働く40万人のベトナム人

東京・新宿にある大型書店(そこは、いわゆる洋書も扱う書店なのだが)が「ベトナム語書籍3000冊入荷」というチラシをまいたことに驚いたのは数年前だったか。その時すでに日本には20万人以上ものベトナム人が在留し、働いていることを私が知らなかったゆえの驚きだった。その後気をつけていると、飲食店やコンビニで働く外国人に声をかけるとベトナム人だとわかったり、千葉県でベトナム人の9歳の少女が殺害される哀しい事件があったり、窃盗や殺人などの事件報道の中で容疑者が「ベトナム人」と国籍が明示されることがちらほらと見られるようになった。また、ベトナム現地には、日本で働くことを希望する若者に日本語や生活上の注意事項などを教える教育機関が多数あることも、テレビ報道で知った。一年前の2019年10月現在で、国内の外国人労働者数は165万8804人(厚生労働省調べ)というが、国籍別では最多が42万人の中国人、ベトナムはそれに次ぐ40万人に上っている。後者は前年比26.7%増だという。

目を世界に広げてみれば、2019年11月には、英国ロンドン郊外でも、ベトナム人に関わって悲惨な事件が起こった。冷凍コンテナ―に乗っていた39人の男女の遺体が発見されたが、それらはすべて15歳から44歳までのベトナム人だったのだ。なかには、一時期日本で働いていた経験があるという女性もいた。さらに調べると、1990年代後半以降、ベトナム政府は日本・韓国・ヨーロッパ諸国への労働者の送り出し政策を積極的に推進し、彼女ら/彼らが「家族のために」故国に送金することで、「躍進する」ベトナム経済の下支えになっている現実も見えてきた。新自由主義経済路線に象徴される現代資本主義の趨勢は、社会主義を標榜するベトナムをも呑み込んでいることがわかる。まさに、市場経済原理を唯一神とするグローバリゼーション(全球化)恐るべし、と言うしかない。ユニクロの衣料品をつくる工場がベトナムには40か所以上もあることも付け加えておこう。

私は、1960年代から70年代にかけて戦われた、米国の侵略に対するベトナム民衆の抵抗闘争に多大な思想的・行動的な影響を受けた世代に属するから、およそ半世紀後のこの現実には目の眩む思いがする。1975年、米国に勝利したベトナムを初めカンボジア、ラオスのインドシナ3国が社会主義体制に移行してからは、この体制を嫌ってボートピープルとして海外に出た人びとも多く、また抗米戦争を共に戦ったベトナムとカンボジア両国間の軍事抗争もあった。この地域は、踏みとどまって考え抜かなければならない現代世界の構造的な問題を私たちに提起しているのだと言える。

去る10月末、目に留まったニュースがあった。北関東各県で家畜と野菜の盗難事件が相次いだ。栃木県で子牛6頭、埼玉県で豚130頭、群馬県で豚720頭、ニワトリ140羽、梨・葡萄など9000個だが、そのうちのいくつかの容疑で(屠畜場法違反)ベトナム国籍の4人の技能実習生が逮捕されたというものだ。他にも、ベトナム人男女13人が入管法違反(不法残留)で、またベトナム人男女10人が麻薬特例法違反(規制薬物保持)で逮捕されていることから、北関東諸県の一連の事件には「ベトナム人集団の関与」が疑われているというものだ。

コロナウイルスの蔓延状況の渦中で、職も行き場も失い露頭を彷徨う技能実習生の実態は、深刻な実態を思えば決して多くはないが、それでもある程度は報道されてきた。航空路の閉鎖で、故国への帰国の道も長いこと閉ざされていた。日本の実習生「監理団体」の不当な仕打ちも時に報道される。「人手不足に対応するために」外国人労働者受け入れの拡大策を採用した政府も、その人びとを「人間として迎え入れる」ための具体的な施策を講じない。経済的に追い詰められて「もの食う」こともできなくなった異国の若者たちが、果物や家畜に手を出してしまったと思うと、現代世界の縮図を見ているようで、切ない。