日本人の「移民嫌い」は菅政権下でマシになるか【東洋経済2020年10月8日】

観光客も永住者も移民も「外国人」とひとくくり

菅政権下では移民に対する理解が少しは深まるだろうか(写真:まちゃー/PIXTA)

移民問題は現代において、最も重要な政治トピックである。世界中ほぼすべての国の選挙で争点となり、欧州連合(EU)では移民を受け入れる国(フランスやスウェーデン)と、拒否する国(イギリスやハンガリー)を分断するテーマにもなっている。ここ日本においても、移民問題は菅義偉政権の最も重要なテーマになりうる。

実際、安倍晋三前政権においては、移民問題は最も重要なテーマだった。高齢化と少子化の二重苦による労働人口の減少は深刻であり(日本では7つの介護職の求人に対し、1つしか申し込みがない)、外国人労働者の受け入れを余儀なくされていることが背景にはある。第2次安倍政権の8年間で、在日外国人の人口は200万人から290万人に急増している。

移民は、公式にはまだ「タブー」

2018年2月29日、安倍前首相は演説の中で、年間5万人の移民の流入を増やすことを目標に、「特定技能ビザ」の創設を発表した。外国人労働者の数は増えており、今後菅政権下で劇的に増えることが予測されている。

一方、日本ではいまだ移民は、公式にはタブーとなっているのも事実だ。安倍前首相が特定技能ビザを発表した際には、「日本で、いわゆる移民政策を採用する意図はない」と明言している。昨年4月に発足した外国人担当の新組織の名称は、英語では「Immigration Services Agency(ISA=入国管理局)」となっているものの、日本語では「出入国在留管理庁」である。

同庁の初代長官に就任した佐々木聖子氏には、アジアでの移住に関する画期的な著作があり、日本の入管制度に批判的な層も、同氏の存在に一目置いている。が、新組織はまだ法務省の管理監督の下にあり、独自の政治戦略を持っているわけではない。

元法務省の公務員であり、その後長らく国際連合難民高等弁務官事務所で働いた滝澤三郎氏元同事務所駐日代表は、「ISAは単なる行政機関ではなく、戦略的な管制塔であるべきだ」と指摘する。未来入管フォーラム(旧入管問題救援センター)を創設した元入管局職員の木下洋一氏も、「ISAには、才能があり、多言語に対応できる有能な人々であふれている。夕方、同僚と飲みに集まったときなどに、われわれがやっていることが機能していないことを自覚し、議論し合ったものだ」と話す。

政府のみならず、日本人の外国人に対する認識も大きく進歩していない。日本では「外国人」は、観光客であれ、長期在留者であれ、永住者であれ、すべて外国人とひとくくりにされがちだ。そして、移民という言葉が使われることはほとんどない。

日本人のこうした外国人に対する認識は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック対応で如実に現れている。日本政府はすでに何年も、場合によっては何十年も日本に居住している永住者を含め、すべての外国人に対して国境を閉ざした。これによって日本に家族を持つ人や、働いている人の人生が大きく狂うにもかかわらず、だ。

「外国人を日本人より下に置く」制度

日本にかかわる外国人の命運は、1978年の最高裁判所のマクリーン事件の判決で示されたように、結局のところ、当局の自由裁量に依存する。

外国人が抗議する権利を持っているかどうかを決定する際に、最高裁は本質的に、憲法によって保証された基本的権利は外国人に対する国家の裁量権を制限することはできないと判決している。 これでは、結局のところ、人権は日本人にのみ適用されるということになる。

このように外国人を日本人より下に置くことを当然とする状況が、外国人労働者、特に技能実習生に対する日本の中小企業経営者や、企業の採用担当者による横暴を許している。

NPO移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)代表理事の鳥井一平氏は、長年に渡って、日本企業に搾取されている外国人労働者の支援を行っている。最近扱ったのは、ドライクリーニング店で働くベトナム人男性のケースだ。

この男性は仕事中に手にひどい火傷を負ったのだが、「彼の雇用主は当初、火傷はバーベキューによるもの主張した。ベトナム人男性が救急車すら呼ぶことをできなかったのに」と、鳥井氏は男性の焦げた手の耐えられない写真を見せながら憤る。

「ベトナム人の男性に『もし君が日本人だったら、雇用主は救急車を呼んでいたと思うか』と聞いたら、しばらく押し黙ったのちに『おそらく……だけど、私は中小企業の経営者を責めることは絶対にできない。悪いのは彼らではなく、日本の移民制度だと思う』と話していた」(鳥井氏)

日本に帰化するハードルも依然高い。安倍政権の7年間で日本人として帰化できたのはわずか6万4788人だけで、そのうち中国および韓国以外の国からの帰化は1万853人に過ぎない。フランスでは同期間に77万2563人が帰化している。2019年だけでも、日本で7年間に帰化した累計数の2倍に上る人がフランスに帰化している。

外国人との「共生」進む浜松市

日本の人口の将来を知るための出発点としては、浜松の状況を見るのが最適である。日本の高度成長期に自動車工場が大きく発展したこの工業地帯では、人手不足を補うために、1990年代に移民の受け入れに舵を切った。移民は主に南アメリカからで、一世紀前に自らの命運をかけて南アメリカの地に渡った日本人開拓者の子孫たちだった。

今日、浜松の人口の約4.4%が外国人である。市自体も外国人との共生に積極的で、個別指導や日本語の語学コースを設けているほか、行政手続き(健康保険、退職年金など)を支援したり、自然災害への意識を高める活動も行っている。市はこのほか、地域の外国人の子どもが日本人と同じ水準の教育を受けられる環境の促進や支援にも熱心だ。

行政だけでなく、中小さまざまな規模の団体も外国人の居住や労働支援を行っている。例えば、浜松国際協力協会では、雇用や退職後の生活から日常生活に関する悩みなどについても相談に応じている。

同市に住むフランス人コンサルタントのオリヴィエ・ルメール氏は、「ここは外国人にとっても非常に住みやすい」と話す。同氏が地元の中小企業の要請で行った外国人の居住環境に関する調査では、「(この界隈に住む)90%の外国人が現在の環境に満足しているほか、大方の日本人が外国人移住者は地域にポジティブな影響を与えていると回答している」(ルメール氏)という。

「2019年は1日に4人の視察団を迎えた」と、浜松市役所国際課の担当者は笑みを浮かべて語った。浜松市の事例は、外国人が日本の社会に溶け込む方法について話し合ういいきっかけになるかもしれない。

東洋経済オンライン

移民問題は現代において、最も重要な政治トピックである。世界中ほぼすべての国の選挙で争点となり、欧州連合(EU)では移民を…