【使い捨て異邦人】「理由も分からず殴られた」外国人労働者の「駆け込み寺」 夢抱いて来日した末に【MBSNEWS2020年8月14日】

 日本で働く外国人は、165万人を超え、40人に1人は外国人となった。
国は、さらに外国人労働者を増やすため2018年12月、改正入管難民法を成立。背景には、少子高齢化で労働力不足に悩む経済界からの強い要望があった。
岐阜県にある外国人労働者の“駆け込み寺”は、2015年に開設。運営は、中国人の甄凱(けんかい)さん(61)が行う。
会社で生活指導員として外国人技能実習生の世話役をしていたが、低賃金、暴力、強制帰国などの酷い実態を目にし、救済を始めた。
これまでに200人以上を一時保護してきたシェルターには、16人の技能実習生たちが身を寄せていた。

技能実習生が駆け込む「ある場所」

シェルターを運営する甄凱さん

 日曜日の朝、中国人の男たち4人が、相談に来た。
彼らは、日本で技術を学び、母国の経済発展に役立てる「技能実習制度」で来日した。
「状況を教えて下さい。」岐阜一般労働組合第二外国人支部で支部長を務める甄凱さんが訊ねると、男たちは堰を切ったように話し始めた。
「昨夜のことです。寮に社長が入ってきて、『李は、白は!』と名前を呼び、行くと突然、殴られた。殴った理由は何も言わず、『あとは掃除して!』と怒鳴られて・・」

技能実習生が相談に訪れる

 甄凱さんは、実習生の相談にのるだけでなく、場合によっては一時保護をする。
「忙しいです。まだ2つ相談が、待っています。みんな日曜が仕事休みだから、こっちは休めなくなる。」
なぜ、これほど苦悩する実習生が多いのか。日本で長年、暮らしてきた甄凱さんは、心を痛める。

技能実習制度の仕組み

 技能実習制度は、1993年にスタートした。
日本の技術を学ぶ、いわば「人づくりの制度」だ。最長5年、日本で働ける。
母国で仲介する送り出し機関に登録し来日。日本では、仲介する監理団体を通して、企業に派遣される。
ただこの時、実習生は、送り出し機関に多額の費用を払わなくてはならず、多くの人たちは借金を背負う。
しかも、家族の帯同は許されず、職場を変えることも原則、認められない。

外国人が身を寄せる「シェルター」での暮らし

シェルターでの朝食

 甄凱さんは1986年、留学生として来日した。
東洋大法学部を卒業し、紳士服メーカーに勤めた。
39歳で埼玉県に中華料理店を開き、来店する中国人技能実習生の悩みを聞くようになった。
外国人も労働組合を使って団体交渉ができることを知り、JR岐阜羽島駅近くの3階建てビルを改装。
実習生を保護するシェルターを始めた。中国、ベトナム、カンボジアなどからやってきた16人が、シェルターで暮らす。
大半は、来日費用に充てるため多額の借金を抱える。働き先がない今、借金を返せるのか、焦る気持ちが募る。
朝7時、シェルターの一日は始まる。
1階は甄凱さんの仕事場、2階は実習生たちが洗濯物を干したり、食事をしたりする場所。甄凱さんは、妻や息子と一緒に2階で暮らす。
3階は、実習生たちの部屋が5つ。国籍に関係なく、多い時は一部屋に4、5人が寝起きする。朝食は、甄凱さんが作る。

 実習生は、3食付きで1日1000円を支払うが、それだけでは運営は出来ない。
不足分は、支援者からのカンパなどでまかなう。実習先の会社との団体交渉は、簡単ではない。
実習生たちは次回の交渉を待ちながら、スマートフォンで母国の音楽を聞き、家族や友人と話す。
規則正しく生活させ、塞ぎ込みがちな実習生の心のケアを甄凱さんは担っている。

母国のため「技能を学びたかった」、踏みにじられた夢

畑仕事をする黄世護さん

 週末は、支援者から無償で借りている畑を耕す。食材の足しにするためだ。
外に出て青空の下、みんなで力を合わせる野菜づくりに笑いは絶えない。
「楽しい、みんなで一緒に畑やって、野菜作って。」
流暢な日本語で話すのは、中国南部、チワン族の村出身の黄世護(こうせいご)さん(27)。

2016年12月、シェルターに逃げ込んで来た。
借金をしてブローカーには、およそ60万円を支払い技能実習生として来日したのは、その1年前のことだった。
実習先は、ダンボール工場。
しかし、来日して半年が過ぎた頃、機械に右手を挟まれ、3本の指先を失った。
事故に遭った日は、朝6時からひとりで働いていて、助けを求められなかった。
「機械を止めようと思ったけど…」だが、機械に異常が起きた時、どのように対処するかは、教えられていなかった。
2ヶ月で8回手術をしたが、3本の指は以前のように動かない。

右手の指

 退院して1ヶ月後、働き先を仲介した監理団体から「在留資格変更にかかる確認書」という紙を渡され、サインを求められた。
そこには、「雇用契約は終了し、以後の賃金支払は一切、生じません。
治療終了の診断後は、当局の指示に従い帰国しなければなりません」と書かれてあった。
突然、宣告された解雇と帰国。黄さんは、甄凱さんのシェルターに駆け込んだ。
費用がかかるため裁判は、断念。

甄凱さんは、賠償を求めて会社側と直接、交渉することにした。
しかし、2018年10月、事態は急変。黄さんの勤務先が倒産したのだ。
2019年2月、黄さんは、破産管財人が、説明会を開くと聞き、甄凱さんと裁判所に向かった。
説明会で、会社の土地や建物は、社長の長男が経営する会社に売却され、事業譲渡されていたことが分かった。

 黄さんは悔しさを滲ませる。
「たくさんのことわからない、もっと詳しく知りたいです。
破産申請したのに、まだ同じ場所で会社をやっています。それはどういうことですか?」
一連の経緯を取材するため黄さんが勤めていた会社の社長宅を訪れたが、話を聞くことは出来なかった。
また社長の長男が経営する会社は、取材に対し、「以前の会社のことなのでわからない」とコメントした。

家族のために日本で稼ぎたかった

シェルターでのピサイさん(左)とスレイスオイさん(右)

 シェルターでいつも仲の良い姉妹のような2人のカンボジア人がいる。
物静かなピサイさん(34)と明るい性格のスレイスオイさん(23)。
ピサイさんは片言の日本語を話し、スレイスオイさんはテンポ良く日本語を操る。
2人は来日して2年が過ぎた2018年2月、シェルターに保護された。
実習生になる時、母国のブローカーに約60万円を支払った。
ピサイさんは、病気の子どもの治療費を稼ぐため、父を亡くしたスレイスオイさんは、母に仕送りするのが目的だ。2人は、同じ実習先の縫製工場で働いた。
午前8時半から深夜1時まで働く日々。体調を崩して働けなくなることもあった。

 雇用契約書で給料は、12万円あまりと決められている。
そこから住居費や社会保険料などを差し引かれ、少ない時は、手取りが6万円ほど。
繁盛期は、200時間以上も残業したが、きちんと賃金が支払われなかった。
甄凱さんは、2人のメモを基に残業代の未払い額などを計算してみると、約383万円にもなった。
その上、ふたりは毎月、強制的に貯金させられ、通帳は経営者が預かっていたと話す。

 「給料は6万円だけ。残業1時間300円だけ。2年目400円、3年目は500円。そのうち会社から4万円を貯金させられました。

なぜ貯金をさせるのですか、と聞くと、『会社の決まりだ』と言われました。
2万円しか残らないから送金できません。」  とスレイスオイさんが悲しい顔を見せた。続けて物静かなピサイさんが口を開く。

 「カンボジアの銀行に毎月2万円を返済します。
子どもの治療に1万円必要なのに…。4万円を貯金させられるので、1ヶ月で2万円しか手元に残らない。悲しいです…。」

そう言いながら握りしめるスマートフォンには、8歳になる男の子の写真が写っていた。

 途中で帰国した場合、約20万円の違約金を支払う契約をブローカーと交わしている。
しかも来日時に背負った約60万円の借金は、まだ残ったままだ。甄凱さんは、会社と団体交渉を続けているが、解決の見通しは立っていない。

 実習先の会社は取材に対し、「残業代も最低賃金を払っているし、深夜までの残業もない。彼女たちの言っていることは事実ではない」、と2人の証言を真っ向から否定した。

改正入管難民法の施行、でも労働の現場は…

技能実習生の実情を訴える

 2019年4月、外国人労働者の受け入れ拡大を狙った改正入管難民法が施行された。
これで、約31万人いる技能実習生は、3年以上の実習を経れば、無試験で「特定技能」の在留資格を得られることになる。

「特定技能」は、建設、介護、外食など14業種を対象とし、さらに5年間、日本に滞在できる。建設、造船・舶用工業で、より熟練した技能を持つ人は「特定技能2号」の資格を得れば、更に滞在が延長できることになり、事実上、永住も可能となった。

 甄凱さんは、改正法の施行に先立って、法務省と厚労省の担当者と会った。その場で、「これから外国人労働者をどんどん迎え入れるという国の政策だが、現在シェルターに避難している技能実習生たちの問題を解決しないと、同じことが繰り返される」と訴えた。
「低賃金だけじゃない、恋愛禁止や妊娠したらすぐ帰国させるなど、昔の奴隷のように働かせる。もう絶対に許せません。
労働環境を整える責任は、政府にある」と言葉に怒りを込めた。

新しい仕事…、シェルターとの別れ

ふたりに仕事が見つかった

 長時間労働と未払い賃金の支払いを訴えていたピサイさんとスレイスオイさんに朗報が届いた。
シェルターで暮らし始めて半年…。
ようやく、次の仕事が見つかった。甄凱さんが、別の新しい監理団体と掛け合い、国の許可も取り付けたのだ。
新しい実習先は、カンボジアの技能実習生を多く雇っている会社だという。

ピサイさんを甄凱さんが見送る

 シェルターを離れる日。スレイスオイさんは、「早く仕事をしたいけど、みんなとまた会いたい」と別れの挨拶をした。
半年間、一緒に苦しみを分かち合った仲間だ。

 思わず、ピサイさんの頬に涙が流れた。  「本当に、本当にありがとうございます…」   甄凱さんや仲間に何度も頭を下げ続ける、ピサイさんの震えた声がシェルターに響いていた。

外国人労働者の増加…、早急な課題解決が求められる

外国人の労働環境の改善が求められる

 昨年5月にスレイオイさん、翌月にピサイさんが、カンボジアに帰国した。
昨年9月には、仕事中に指を切断した黄世護さんが、中国に戻り、教育関係の仕事に就いた。甄凱さんは、3人の残していった問題解決のために今も、監理団体などと交渉を続けている。

 技能を身に付け、母国の経済発展に役立ててもらうという制度。
果たして、技能実習生たちは、日本で何を学んだのだろうか。

 「移民政策は、とらない」と政府は、説明する。だが、外国人労働者無くしては、この国の労働現場は、成り立たなくなっている。だからこそ、技能実習生が事実上、永住権を得られる制度を作り上げたのだ。

 ならば、「安価で労働力が手に入る」といった安易な考え方は、悲劇を招くだけだという現実と真摯に向き合い、どう未来につなげていくのか。
様々な課題を早急に乗り越えることが、強く求められている。

 現在、甄凱さんのシェルターにいた人の多くは日本を去り、中国人5人、カンボジア人2人の7人が身を寄せている。

(年齢は、2020年6月時点のものです) この記事はMBSとYahoo!ニュースによる連携企画記事です。日本で働く人の40人に1人は外国人という今、外国人労働者の「駆け込み寺」の現状を通して、技能実習のあり方について考えます。

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