空港検疫「コロナ陽性じわり増」の先に待つ懸念【東洋経済2020年7月13日】

日本は第1波を乗り切ったが、この先はどうか?(デザイン:熊谷 直美)

6月下旬の午後、成田空港第2ターミナルに設けられた検疫所のエリアには、緊迫した空気が流れていた。
アメリカ・ダラスからの到着便に、機内で体調を崩した乗客がいたのだ。新型コロナウイルスに感染している可能性がある。
「患者さん1名、付き添い1名がこれから向かいます」――。検疫所内にアナウンスが流れると、簡易的な医療ガウンを着た検疫官の医師がバタバタと機内に走っていった。

成田空港に臨時で設けられたPCR検査場。鼻咽頭をぬぐう検査はくしゃみで飛沫が飛び散る恐れがあるため、担当の検疫官は重装備。「今の季節は暑いです」(検疫官)(記者撮影)

しばらくすると、検疫所職員に付き添われ、車椅子の患者がやって来た。
日本人と見られ、ぐったりとしている。新型コロナ対策用に特別に拡張した検疫所のエリアで健康状態や入国後の滞在先などを書類に記入した後は、ついたてで仕切られたブースでPCR検査を実施。
それが終わると、車椅子で検疫所をあとにした。コロナの疑いのある患者は「陰圧室」と呼ばれる感染を防止する部屋に隔離され、検査結果を待つことになる。
結局、一般の乗客が飛行機を降り、検疫所へとやって来たのは着陸から1時間半近く経ってからのことだった。

『週刊東洋経済』は7月18日号で「コロナ徹底検証」を特集。

世界で感染爆発が続く中、日本が感染の第1波を乗り切った「日本モデル」の内実を検証。
7月に入り、東京都の感染者数が過去最多となるなど感染再拡大が続く中、第2波に備えてすべきことは何かを追った。

成田空港からの入国で陽性者が増加傾向

足元で海外との往来を再開する動きがある中、難しい舵取りを迫られるのが、政府の水際対策だ。日本では現在、入国規制、空港でのPCR検査、陰性者の自己隔離の3つを実施している。
その中のPCR検査の結果について、成田空港検疫所の担当者は「最近、また(陽性者が)増えている」と語る。

なぜか。厚生労働省の検疫所業務管理室は「日本の感染拡大を受けて一度母国に帰った外国人の在住者が、感染の収まりを受けて再来日しているのではないか」と推測する。
7月10日の時点で、日本は世界の国の7割弱にあたる129カ国を入国拒否の対象にしている。
結果、2019年の12月に406万人いた入国者は、5月に1万人まで減った。
ただ、入国拒否地域からであっても、日本人と、外国人でも「特段の事情」が認められた永住者や日本人の配偶者などであれば、入国が可能だ。

こうした入国者の陽性者数が急増したのは、政府が欧州の主要国やアメリカ、中国全土などを入国拒否地域に指定した3月末から4月上旬のこと。
「仕事などでアメリカなどに滞在していた日本人が『戻れるうちに』と大量に帰国してきた」(成田空港検疫所)。
3月25日~4月25日までの陽性者数は1日平均で4.3人に上り、「検疫所の対応が追いつかず、機内に長時間待たせてしまったお客様が心身共に疲弊し、不満の声が寄せられることもあった」(同)。

それが5月に入ると、入国者数自体が減少したため陽性者は1日平均1.4人程度まで減少。
だが、緊急事態宣言の解除後の5月末以降に再び増加し、6月は平均4.1人まで増えてきた。
その内訳を見ると、ブラジル、パキスタン、フィリピンなど、感染が深刻な地域からの帰国者が多く、外国人が8割を占める。
陽性者は、症状があれば居住地の保健所の指示で入院。熱や咳などの症状がないときは、政府指定の成田空港周辺のホテルで隔離となる。

空港での「第2波」ともいえる現状を前に、検疫所には不安が広がる。
「現場が運営に慣れてきたので4月のような混乱が生じることはないでしょう。ただ、検疫所のマンパワーには限界がある。
成田の1空港だけを考えると、現状より1日当たり、あと250人くらい入国者が増えるとあふれてしまう」(前出の検疫所担当者)。

そこで、国際線の受け入れを行う成田、羽田、関西国際空港の検疫所では、国際線を常時受け入れていないほかの空港の検疫所から応援を受けている。
それでも人員が足りないため、成田空港のホームページ上では、献体の検査やデータの整理などを担う検査課の臨時職員を募集している。時給は2500円だ。

検体採取が簡単な唾液検査も7月から導入

検体の採取が簡単な唾液検査の導入も7月から始まった。
唾液検査は国内の医療機関では症状のある人にしか認められていないが、空港検疫で無症状者にも解禁された。
鼻の奥から検体を採取する鼻腔検査では、くしゃみや咳が飛び散ることがある。そのためゴーグルや防護服などの装備と、技術的な習熟が必要だ。
しかし唾液検査では検査を受ける人が容器に唾液を入れればよい。

人員の増強と検査手法の多様化。それでも検疫所の負担が増えていくことは避けられない。
政府が、コロナの感染が落ち着いている一部の国との間で出入国規制を緩和するために交渉を進めているからだ。

その第1弾として、ベトナム、タイ、ニュージーランド、オーストラリアの4カ国と、7~8月にもビジネスや技能実習目的に限った往来で、最終調整を進めている
日本からはビジネスなどに限った目的での渡航が可能になる。

入国は、1つの国につき1日当たり250人前後から始め、徐々に拡大していく方向だ。
入国者は空港に到着すると、全員が検疫所でPCR検査を受ける。複数の医療関係者は「入国者が増え続ければ、検査態勢が追いつかず、『検疫崩壊』が起こるのではないか」と危惧する。

検査の結果が出るのを待つ人への対応も課題だ。現在、結果を受けた人の過ごし方には3つの選択肢がある。

①自家用車で迎えに来てもらうなど公共交通機関を使わずに帰宅し、自宅で検査結果を待つ

②空港内の指定スペースで待機する

③政府指定のホテルに滞在する

の3つだ。感染を広げるリスクが低いのは②か③だが、利用できる人数には限りがある。

人手は相当かかってしまう

例えば、③のホテル滞在を選択した場合、空港からバスに乗り込んで指定のホテルへ向かい、結果が出るまでに2泊するのが通常。
6月中旬にベトナムから帰国した30代の日本人女性は、ホテル滞在時をこう振り返る。
「ホテルに向かうバスの乗り降りには、防護服を着込んだ職員が付き添ってくれた。車内の座席を透明なビニールで覆い、運転席との間を仕切るなど、徹底的に対策がされている印象だった。
ホテルでは、客同士が接触しないよう1人ずつ部屋に案内され、宿泊中は1日3食、部屋までお弁当を持ってきてもらえた」。
話を聞く限り、かかる人手は相当なものだ。検査数が増えれば、こうした結果を待つ人向けの対応にも増員が必要となる。

帰国者が、空港からホテルへと向かう途中に乗るバスの車内。座席は、透明なビニールでカバーされ、運転席との間にもパーテーションがある(写真:乗客提供)

入国者が増えれば感染が広がると懸念されるのは、PCR検査には能力的な限界があるからだ。
PCR検査で陽性と出るのは検査対象の7割ほどで、検疫をすり抜けるケースが頻発する。
北海道大学の西浦博教授らの研究チームが行った試算によると、感染率が1.0%の国(国民の100人に1人が感染している、感染が深刻な国のレベル)から1日当たり1000人が入国すれば、PCR検査と隔離による対策を行ったとしても、3カ月後には98.7%の確率で日本に大規模流行が起こるという。

ここでいう大規模流行とは、日本の3月半ば以降の状態を示す。
この試算を受けて西浦氏は、「リスクを最小限に抑えるには、流行制御が明確な国と、ビジネス渡航など最小限の交流から始めることが大切だ」と語る。
そのうえで、入国者から感染者が出たとしても行動歴の記録などで濃厚接触者を特定しやすくする仕組みの導入が必要だ。

経済社会活動を維持するうえで、往来を制限する鎖国のような状態をいつまでも続けるわけにはいかない。
出入国の規制により、海外に拠点を持つ日本企業の多くが、駐在員の往来や、海外法人での経営判断などで難しい事態に直面している。
海外旅行ができなければ、サービス業への打撃も甚大だ。だが、入国後の検疫能力に限界がある以上、安易な往来緩和はかえって国内の感染爆発を招きかねない。

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6月下旬の午後、成田空港第2ターミナルに設けられた検疫所のエリアには、緊迫した空気が流れていた。アメリカ・ダラスからの到…